「ハナレバナレ」レコーディング密着レポートby 「この気持ちもいつか忘れる」担当編集

写真 : 佐藤慎吾

2018年8月某日

1日目

14:30 到着

凶暴な夏の日差しの下、やって来たのは都内の某スタジオ。住野よるさんと私たち担当編集2名……大変緊張しております。だって、今日と明日、ここでTHE BACK HORNさんの新曲「ハナレバナレ」のレコーディングが行われるのです。

マネージャーさんから見学にお誘いいただき、かなり前のめりで「伺います!」とお返事したものの、そんな大事な日に部外者がお邪魔して本当に良かったのか。今更ながら不安になり顔を見合わせる3名ですが、ここまで来て怖気づいている場合ではない! と誰からともなく頷き合い、恐る恐る足を進めます。

建物の中に入り、ドキドキしながらドアを開けると、プリンターや冷蔵庫などが置かれた部屋の奥には、ちょっとした打合せもできるようなテーブルや椅子、ソファが並んでいます。そして、厚い扉で仕切られた向こうが実際にレコーディングを行うスタジオです。

関係者にご挨拶をしていると、にこやかに現れたのは松田さん。今日はドラムからスタートするそうです。

15:00 ドラムのレコーディング、スタート

松田さんは荷物を置くと、早々にスタジオ内のブースに入り、演奏を始めます。エンジニアさんと念入りに音作りをし、少し練習をした後にレコーディングがスタート。一曲を最後まで何度か叩き、さらに突き詰めたいパートを録り直してすぐに聴いて確認することを繰り返していきながらレコーディングは進みます。ガラスで仕切られたコントロールルームにはエンジニアさんが座り、演奏を逐一チェックしていました。

松田さんの真剣な表情と演奏に目を奪われている内に、他のメンバーも続々と集合。皆さん、コントロールルームでそれぞれ演奏の準備や作業を始めます。レコーディング中は松田さんの演奏を全員で聴き、頻繁に意見を交換しながら進めていました。

このやり方は他のメンバーのレコーディングの際もほぼ同じだったのですが、正直イメージは千本ノック。細部の微調整を重ね、「ドンタカじゃなくてドンッタカで」「ドンドンドンって続けるんじゃなくてドンドン、ドン」などと目指す音について伝え合いながら長時間続きます。あまりの細かさに度胆を抜かれました。

17:30 ドラム終了

ドラムのレコーディングが終わった頃には、もう夕方。途中休憩を入れつつとはいえ、なんという体力と集中力でしょう。ここからは、録ったテイクを聴きながら繋いだり、細かい音の調整をして、更に理想のドラムテイクに仕上げていきます。

19:00 お夕飯タイム

待ってました! スタジオで皆さんがどんなものを食べているのか、気になりますよね。何故か出前の注文をまとめてくれるのは岡峰さん。毎回の恒例のようです。今日は中華に決定とのことで、選んだメニューは……。

松田さん・菅波さん 酸辣湯麺
岡峰さん 月替わり定食(玉子と豚肉の甘酢炒め)
山田さん レバニラ炒め定食

ちなみに私もちゃっかりカレー(中華なのに、わざわざ)を注文していただきました。しかし、ここに落とし穴が。いつもならすぐに届けてくれるそうなのですが、この日に限ってなかなか来ません。待ちながらもエンジニアさんの作業は進んでいきます。

20:40 今度こそ本当にお夕飯タイム

やっと出前が到着。すごいボリュームでしたが、皆さん10分ほどで食べ終え、すぐにレコーディング再開です。

21:00 ベースのレコーディング、スタート

岡峰さんの番になり、先ほど録り終えたばかりの松田さんのドラムの音が入った曲に乗せて演奏していきます。

松田さんと同じく、弾く、チェックする、を繰り返し、驚異の集中力でベースは1時間半で終了!

エンジニアさんから「OK」の声が掛かったところで岡峰さんと菅波さんが「イェイ!」と声を上げている様子を目撃して、何だかすごくいいものを見たぞ、という気持ちになりました。

22:30 ギターのレコーディング、スタート

菅波さんの場合はブースに入らず、コントロールルームで演奏するスタイルです。目の前にいるエンジニアさんと密にコミュニケーションをとりながら進めていきます。「この曲、早くて難しいですよね」というエンジニアさんの言葉に「ジェットコースターみたいだよね」と返す菅波さん。途中、「これ格好良くなりそうだな」と呟きつつ、終始楽しそうに演奏されているのが印象的でした。

深夜に及ぶ作業の合間に、休憩中の山田さんに「こんなに長時間レコーディングしていて、どんな方向で演奏したり歌ったりすればいいのか、判断が鈍ったりしませんか?」と質問してみました。すると、「鳴らしたい音がみんな頭の中にあって、それに近づけていくだけだから、分からなくなったりはしないですね」とのお答え。プロの凄味!
松田さんにも同じ質問をぶつけてみると、「将司の言う通り。ただ、こうしたいと分かってても、自分ができていなくて、これ違うなと思うことはありますけどね」とのことでした。演奏の最中でも、どんな音になっているのか冷静に分析できる客観性があるなんて、やっぱりすごいですね。

25:00 ギターのレコーディング終了

真剣でありながら最後まで楽しそうな菅波さん。驚いたのは、終始周りの方を気遣っているところ。

場を和ませるような言葉をかけたり、誰に対しても笑顔が基本。ライブでもいつもニコニコされていますが、あのまんまです。絶対にお疲れなのに、しかも部外者の私たちがいたらお邪魔に違いないのに……。

25:40 ラフミックス完成

エンジニアさんが今日の皆さんの演奏をミックスして、この時点での完成形が出来上がりました。気がつけばこんな遅い時間に。

――ということで、初日はここまでで終了。

2日目

16:45 歌入れスタート

この日はレコーディング前に取材があったこともあり、遅めの開始となりました。今日は山田さんのレコーディングです。

山田さんも曲をパートごとに歌い、レコーディングしていきます。歌詞に合わせ、時折大きく身振りをつけながら歌っていたのですが、張り詰めた緊張感があって、とにかく格好いい……!

陶然とする私たちに、ビクターのご担当者が声をかけて下さいました。「昨日から圧倒されっぱなしです」と感想をお伝えすると、「そういえば、譜面を使わないのも珍しいんですよ」とのこと。ええっと、どういうことでしょう? 伺ってみれば、曲は一切譜面に起こさず、全員がデモ音源を頭に入れた状態でレコーディングに臨んでいるそうなのです。それって、すごく大変なのでは。メンバーの皆さんがレコーディング時に見ているA4の紙は確かにほぼ真っ白で、音符やコードは一切なし。エンジニアさんとのやりとりのために4小節ごとに番号が振られ、AメロやBメロに入る小節数が分かるようになっている位です。これだけで演奏したり、歌ったりしているなんて、やはり恐るべしTHE BACK HORN。

20:30 お夕飯タイム

はい、今日も待ってました! この日はお蕎麦屋さんに出前を頼むことになりましたが、昨日と同じく岡峰さんが注文をまとめて下さいました。

松田さん 塩サバ定食
菅波さん カツ丼
岡峰さん 肉豆腐定食
山田さん スタミナ定食

昨日と同じく、皆さんすばやく完食。食後はまた作業に戻ります。

21:00 エディット

お夕飯の前に山田さんの歌録りはほぼ終了していたので、レコーディングしたテイクを聞き比べながら、調整作業に移ります。ここからなかなかの長丁場です。メンバーの皆さんは勿論ですが、エンジニアさんも本当にすごい集中力ですね。こんなに長時間、集中力を保ったまま作業できるのは脱帽というしかありません。

26:00 ラフミックス完成

2日間の作業は全て終了! 締めくくりに、この時点での最新版を聴かせて下さいました。デモで聴かせていただいた時から「なんて格好いい曲なのだろう」と思っていたのですが、比べてしまうと、全くの別物。両日かけて完成した曲は素晴らしく研ぎ澄まされていて、音の方向性が明確で力強く、こんな言い方が正しいかは分かりませんが、上質の日本酒みたい! デモを聴いた時には気づきませんでしたが、そこにうっすらとあった雑味が消えているのがよく分かります。――落ち着いている風を装いましたが、実際聴いている間は大興奮でした。

26:10 解散

長い2日間を終え、皆さんはそれぞれお帰りになっていかれました。お疲れさまでした!
20年間第一線で活躍されている理由が垣間見えるような、緊張感のあるお仕事の場に居合わせることができて、とても刺激的でした。
こんな貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。

住野よる氏よりコメント

今回初めてレコーディングを見学させていただきました。最初はファンとしての嬉しさがあまりにも大きくありました。しかしTHE BACK HORNの皆さんの作業風景を拝見していく中で、彼らの楽曲制作への真摯な姿勢を目の当たりにすると、自分は小説家としていかに小説に向き合っていくのかということに改めて直面し、背すじの伸びる思いでした。また、一つの曲がどれだけの時間をかけて作られていくのかを実際に体感することで、自分の中にある小説が出来上がるまでの時間の感覚と共に、音楽と小説という違う形を持った創作物が、折り重なるように積みあがっていく想像を持てたことも今回のプロジェクトに加わる上で大切な経験でした。
考えれば考えるほど、「境界線をこえる」ということの難しさを感じていることも事実です。ただレコーディングスタジオで、確かにこの瞬間、音楽と小説が互いに向けて歩き出しているのだと感じることが出来ました。

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