『この気持ちもいつか忘れる』
ができるまで

取材・構成=吉田大助

THE BACK HORN

主題歌に当たるものを1曲作る、というやり方は違うんじゃないか?

――小説家とロックバンドが、コラボレーションして作品を生み出す。この前代未聞のプロジェクトは、どのような経緯で始まったのでしょうか。

住野 お声がけさせていただいたのは、僕のほうからです。僕はずっとTHE BACK HORNさんの音楽が好きで、ライブに何度も行かせてもらっていました。小説家になって一年目の時に、新潮社の方がTHE BACK HORNさんとかつてお仕事をされてて、ライブ後にご挨拶しませんかと誘っていただいたんですね。その時に、メンバーの皆さんに「いつかお仕事させていただけたら嬉しいです!」ってお伝えさせていただいたんです。具体的には、何も考えていなかったんですが。

一同 (笑)

住野 その後も、いつか好きな人と一緒にお仕事できたらいいなとずっと思っていたんですが、ある時ふと「いつか」っていつ来るんだろう、と。ちょうどその時期、僕の最初の三作(『君の膵臓をたべたい』『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』)の装画を描いてくださったloundrawさんが、イラストの枠を飛び出して、いろんなプロジェクトを立ち上げている姿が目に入ってきたんです。自分も「いつか」が訪れるのを待つんじゃなくて、自分から取りに行かなきゃダメなんだ。新潮社の担当さんに、「THE BACK HORNと一緒に本を作ることってできませんかね」というメールをさせていただいて、担当さんからビクターさんにご連絡いただき、皆さんにOKをいただいたという流れでした。

松田 僕らのバンドの歴史を振り返った時に、例えば映画やアニメーションの主題歌を作るといったかたちで、音楽とは違う表現の人たちと一緒に何かを作り、刺激をもらってきたんです。住野さんからコラボレーション企画の打診をもらった時は、「やりましょう!」と即答した記憶がありますね。ただ、「一緒に何かやる」ことは決まったけれども、何をやるのかは誰もわかっていなかった。

――確かに、現物を目にしている今となっては「これだ!」と思いますけど、小説家とロックバンドがコラボする……と言われたって、実際何をするのかは相当手探りになりそうですよね。

菅波 「やりましょう!」となってから、最初に打ち合わせというか、顔合わせをしたんです。みんなでお店に集まって、お酒を飲みながらしゃべりました。かなり盛り上がって本当にいろんなことをいっぱいしゃべったんだけど、何をやるかはその時もやっぱり決まらなかった(笑)。

一同 (笑)

住野 自分なりにいろいろ考えて行ったんですけど、なかなか答えが出せなかったんです。大好きな音楽を作ってる方たちと一緒にやらせてもらうのに、ヘタなものを作れない感が自分の中で膨らんでいってしまって、何も決められない状態になってしまっていた。

岡峰 ただ、その日に住野さんからざっくりと「恋愛の話を書きたい」という話を伺ったんですよね。

菅波 あぁ、そうだった。それが最初の大きな一歩だった。

住野 恋愛の話を書きたいって最初に申し上げたのは、「自分がまだやってないことを、この一冊に捧げなきゃいけない」と思っていたからです。その時期、『膵臓』が映画化されて恋愛モノって言われることもあったのですが、自分としては全く恋愛モノを書いたつもりはなかったんですよ。だったら一度、意識的に、本格的に恋愛モノを書いてみたいと思ったんです。

岡峰 1回目の打ち合わせで実際に何をやるかははっきり決まらなかったけれども、話し合いながらちょっと見えてきたものもあって。それをおのおの持ち帰って、イメージを膨らませていった。

山田 2回目の打ち合わせは、かなり話が進んだよね。音楽はミニアルバムのようなものを作ろう、と。これがもし映画とかだったら、オープニング曲かエンディング曲を作るのが、音楽の側からのわかりやすい参加のかたちだと思います。でも、せっかく今回のような、ゼロから、企画段階からコラボレーションをするのであれば、音楽がもっと密に小説と関わるようなものでありたい。これまでTHE BACK HORNがやってきたような、作品の主題歌に当たるものを1曲作る、というやり方は今回は違うんじゃないかなって話になったんです。1曲か2曲だけ作るのでは、物語からこぼれ落ちてしまうものがたくさんあると思いましたし。

住野 音楽が数曲で構成されるものなのであれば、小説は前篇後篇で話が途切れている方が、曲を入れるイメージも浮かびやすいんじゃないかな、と。「1曲だけじゃない」と皆さんがおっしゃってくださったことで、小説全体の構成が浮かんだんです。

作家としての住野よると、リスナーとしての住野よる

――大まかな流れが決まった後、具体的にどのようにコラボレーションは行われていったのでしょうか?

住野 ラストまでのあらすじと一緒に、冒頭部分の原稿を皆さんにお渡ししました。その原稿を渡す時が一番、緊張しました(笑)。

菅波 住野さんから最初の原稿を頂いた時は、音楽でいえばデモ音源を聴いた時みたいな、生々しいものに触れた感じがしました。本になる前の段階の小説を、読む機会なんて普通ないじゃないですか。「このプロジェクトって、本当に前代未聞なことをやろうとしてるんだな」と思いましたね。

住野 最初の原稿をお渡ししたすぐ後にはもう、『ハナレバナレ』を聴かせていただいていたと思います。

松田 今回みたいな曲作りは初めてだったので、とりあえずみんなでスタジオに入ってみたり、各々で作品について向き合ってみたり……。正直な話、その時が一番の「沼」だった(笑)。煮詰まっちゃって何も出てこないし、出て行くこともできない。ただ、その状態を過ごすことで見えてきたというか掴んだのが、『ハナレバナレ』でした。

――『ハナレバナレ』は2018年秋、コラボレーションの第一弾として発表された曲ですが、実際にこの曲から音楽制作も始まっていったんですね。作詞作曲のクレジットは、菅波さん。

菅波 こんなのができたけどどうかな、と自宅で録った音源をスタジオに持って行きました。

松田 何度か住野さんとの打ち合わせでしゃべってる間に出てきたキーワードみたいなものを、(菅波)栄純が拾い上げて歌詞の一部にしている。ひょっとしたら住野さんも、「あの話が歌詞になるなんて」と驚いたかもしれない。

住野 そうですね。打ち合わせでポロッと何気なく、「なんで日本の映画の登場人物たちってみんな走るんですかね?」と言ったのを栄純さんが拾って、歌詞の一部にしてくださっていました。それを聴いて、「誰かに会いたくて仕方がない時には、決して走ってはいけない」という一節を、小説の中に出したんです。

――『ハナレバナレ』の歌詞には、『この気持ちもいつか忘れる』の設定やストーリーが溶かし込まれているように感じます。例えば、歌い出しの〈ハートブレイクな世界よ くたばれ/何者でもないまま 駆け抜けるよ〉。ロックのビートに乗せて歌われるこの歌詞は、主人公であるカヤの人物像とシンクロしていませんか?

住野 僕もそう感じました。今まで僕の小説に出てきた子たちって、わりと消極的な子たちでした。でも、カヤは初めから衝動を持ってる子なんですよね。それは多分、THE BACK HORNさんの『サイレン』や『ひょうひょうと』といった曲の影響だったと思うんですよ。

菅波 嬉しいな。僕らの昔の楽曲が住野さんに刺激を与えたんですね。

住野 めっちゃ刺激されてます。THE BACK HORNさんの曲の影響は、この小説の隅々にまで入り込んでいると思います。

――続くフレーズは、〈出会いは突然だった 眼差しが貫いて/爪が心に刺さって ずっと離れそうもない〉。この小説は、田舎町に暮らす高校2年生の少年・鈴木香弥が、寂れたバスの待合室で、光っている目と爪しか見えない、同じ世界にはいない18歳の少女・チカと出会う恋物語です。目と爪しか見えない存在、という斬新なヒロインの設定が、歌詞に反映されているように感じました。このヒロイン設定はどんな発想から思いついたのですか?

住野 爪と目だけ見えれば、動きがだいたいわかると思いました。人間とは違うかもしれない存在を描くうえで、最後に残ったのがその2つの部位でした。ちょっと怖い話っぽくしたいなと思ってそうしたんですけど、途中から、カヤからチカに向けた感情が、僕からTHE BACK HORNさんに向けた感情だなと思うようになってきました。「爪と目しか見えない」という状況が、THE BACK HORNさんのことを「ステージ上の姿しか知らない」、にもかかわらず大好きだと思えている自分の気持ちと一緒だなと感じたんです。その想像を進めていくと、僕と読者さんとの関係にも思い至りました。住野よるのことは小説かツイッターか、インタビューを受けている姿しか知らないのに、「好き」といってくださっている人がいる。カヤとチカの関係を通して、いろいろなことが書けるんじゃないかと気づきました。

松田 実は、この企画を一緒に進めていく中で、住野さんには僕らにはない苦しみがあるのかなと思ったことがあって。僕らは住野さんと密に関わって、住野さんについて深く知ることから音楽に繋げていくという感覚があった。もちろん僕らも住野さんのこれまでの作品は読んでいましたが、言ってみればゼロスタートなんです。でも、住野さんはこの企画が始まるずっと前からリスナーとしてTHE BACK HORNをずっと聴いてくれていた。作家としてTHE BACK HORNと一緒に作品を作ろうとしている自分と、THE BACK HORNのリスナーとしての自分が、住野さんの中で混じり合って葛藤しているのを感じたんです。THE BACK HORNを聴いてる、いちリスナーとしての自分をなくさずに、でも作家としてTHE BACK HORNを好きな人たちにも届くものを作りたい、と考えてくれている。企画の発案者としての責任感みたいなものも含め、僕らが感じているものとはまた違うプレッシャーを持たれていたのかなと感じました。

住野 THE BACK HORNのファンとしての自分にとって、4人はステージ上でしか生きてない人たちというか、ステージを下りたら消えてしまう存在なんです。ファンだからこそお仕事をご一緒させていただきたいと思ったんですが、皆さんと実際に会えてしまう状況が「ファンとしては正しいのか?」と。他のファンの人たちと同じ気持ちを持ち続けていないと、書いちゃダメだろうとずっと思っていました。その感覚にどう決着をつけるのかが、『この気持ちもいつか忘れる』という物語の着地点にもなっているんです。住野よるを好きだと言ってくれている読者さんたちと一緒に目指したい着地点も、『この気持ちもいつか忘れる』のラストに詰め込んでいる感じです。

『輪郭』はお互いに「空白の4行」を渡し合った

――『ハナレバナレ』が完成した後は、どんなふうにコラボレーションが進んでいったのでしょうか。

住野 『ハナレバナレ』の歌詞から作ったシーンとか、『ハナレバナレ』のメロディに合うようなシーンも入れようというふうに原稿を書いていって、その原稿をTHE BACK HORNの皆さんにまた見ていただいて……の繰り返しでした。多分、一般的にコラボレーションと聞いて想像する関係性よりも、この言葉が正しいかわからないですけど、エグみのある感じでした(笑)。

岡峰 小説と音楽が、ほぼ同時進行ってところが大きかった。

菅波 そうそう! 第一弾の原稿が来て、第二弾が来て……と、ちょっとずつ小説のストーリーが進んでいくのを、僕らも「連載」で読んでいったんです。原稿が全部来て全体像を掴んでから曲を書くのではなくて、原稿と同時進行で自分たちも曲を作っていく。できたやつから曲もリリースしちゃおう、そのスピード感が面白いんじゃないの、と。

松田 順番でいうと、さっき言った「沼」で過ごしている時期に、『輪郭』の原形になる曲もできました。僕が先に歌詞を書いて、それに(山田)将司が曲をつけてくれて。住野さんから、「チカがカヤに歌を歌うシーンで、THE BACK HORNの歌詞が登場したら面白いんじゃないか」って言ってもらったんですよね。

住野 リクエストを出させていただきました。原稿段階では「○○○○」という感じで何行かスペースを埋めておいて、松田さんから頂いた歌詞を後ではめ込みました。

――小説に登場する『輪郭』の歌詞は、Aメロに当たる4行です。〈空っぽな世界で/空っぽな心を埋めてゆく/分け合った罪の重さの分だけ/愛の輪郭をなぞるように〉。

松田 小説でチカがカヤに歌を歌うシーンは、「お互いの好きなものを伝え合う」というシチュエーションで出てくるんです。チカが好きな曲、心を動かされた曲ってどんななんだろう。手元にある原稿を何度も読んで、チカはどんな人なんだろうということを想像して想像して……。住野さんにも何度か、「チカの世界には『愛』という概念はありますか?」とか「チカが住んでる国はどういった状況ですか?」と質問して、小説には描かれていないディテールをもらったりしました。

住野 松田さんからご質問を頂いたことで、僕の中でも、チカが暮らしている世界のことをより深く理解できました。

松田 途中から、「チカにこんなことを歌ってもらいたい」みたいな僕の願望が入ってきて大変だったんですよ。「私の体を触ってよ」みたいな歌詞とかも出てきて(笑)。

菅波 チカの気持ちになりきって、カヤにしてもらいたいことを歌い出した(笑)。そういうことじゃないもんね。

松田 そういうことではない(笑)。「チカが好きになった曲」という根本に戻って、理知的で凛としていて、物事の本質を見るチカという人物像に、ストレートに向かっていった歌詞になったんです。その歌詞に、将司が曲をつけてくれた。

山田 「異世界に住んでいるチカが歌う曲はどういうメロディなんだろう?」って、そんな想像の仕方で曲を作ったことが今までなかったので、めちゃめちゃ面白かったですね。それまでの原稿を読んでチカのイメージもなんとなく掴めていたので、チカの口から出てるメロディのフィット感を探りながらやっていって、「あっ、これだな」と思うものができた瞬間は、音楽と小説が繋がったなって快感がありました。

菅波 『ハナレバナレ』は単純にTHE BACK HORNの曲としても聴けるんだけど、小説を読んだ後に聴くと、主人公たちの姿が浮かんでくるという二面性を持たせようと思って作ったんです。でも、『輪郭』は小説内にも歌詞がダイレクトに出てくる。小説のための曲というか、小説の世界の中に鳴っている音楽なので、物語との距離が格段に近い曲になっていると思います。

――『輪郭』の4行は特設サイトで、「リリックビデオ」として公開されていますね。コラボレーションの第二弾として披露されましたが、歌唱を世武裕子さんが務めていたのはサプライズでした。

松田 作品中には歌詞の一部しか出てこないんだけど、そこにメロディが付くとどうなるか。住野さんとやりとりをしながら、「実際の曲で提示できたら面白いですよね」ってアイデアがどんどん膨らんでいったんです。種明かしというか、音楽が小説の「アンサー」になったらいいなと思って、先に「4行分だけ」音源を完成させました。リリックビデオでは女性に歌ってもらおうってなったのは、(菅波)栄純が言ったのかな?

菅波 チカっぽい声の人に歌ってもらったら面白いよね、と。「チカっぽい声ってどんなかな。誰かな?」って、みんなでいろんな意見を出し合ったよね。

住野 僕もネタ出しに混ぜてもらって、「こんな声ですかね?」みたいなお話をさせていただいた記憶があります。最終的に、『膵臓』のアニメの劇伴を作ってくれた世武さんにお願いすることになりました。

菅波 世武さんの声、めちゃよかったね。チカのイメージにぴったりだった。

――今回のミニアルバムでは、山田さんがボーカルを務めた『輪郭』のフルバージョンが収録されています。

山田 聴きどころのひとつは、住野さんが書き下ろした歌詞ですね。デモ音源の中で、2番の4行分をあえて空けておいて、今度は僕らから「書いてもらえませんか?」とリクエストしました。

住野 びっくりしました。作詞なんてしたことがなかったし、他の部分の歌詞の邪魔にならないかなって緊張して、何パターンも作りました。

山田 それも見たい(笑)。

松田 是非今度見せてもらおう(笑)。

住野 自分が触れてきたTHE BACK HORNの歌詞に、寄せ過ぎるのも違うのかもしれないな、と。読者さんたちに、「ここは住野よるが書いたな」って気づいてほしいという思いもちょっとあったんです。最終的には、THE BACK HORNの皆さんがライブで『輪郭』を披露しているところを想像して、候補の中から一つに決めました。なんでかわかんないですけど、想像のライブ会場はいつもZepp Tokyoでした(笑)。

岡峰 俺ら、別にZepp Tokyoが「ホーム」じゃないのに(笑)。でも、すごくいい4行でしたよ。

松田 メロディにすごく合ってる。溶け込んでるというか。

菅波 それをどうやって実現するかで俺らはずっと悩んできたのに、住野さんは初めてでサクッとクリアしちゃった(笑)。

山田 確かにこの4行は、住野さんが書いた歌詞だなって思いますね。主人公のカヤ視点が強く出ている感じがして、住野さんじゃないと書けない歌詞だなって思う。しかも、世界観は共有できているから、歌詞が浮いていない。

松田 住野さんにお願いしてよかった。それに、『輪郭』のおかげで、住野さんと僕らの関係がよりまたギュッと近づきました。

新しくなった部分と、これまで培ってきたバンド感を共存させる

――ミニアルバムに収録されている曲は、『輪郭〜interlude〜』を除くと、残り2曲です。『突風』と『君を隠してあげよう』は、どのような経緯で制作されたんでしょうか?

住野 小説の後篇が真ん中すぎぐらいまで進んでいた時に、『君を隠してあげよう』を聴かせていただきました。

菅波 ミニアルバムぐらいの曲数にしようという方向性が固まって、曲の並びを考えていった時に「バラードっぽい曲が1曲欲しいね」という話にメンバーの間でなったんです。そんな時に、一人で『膵臓』のアニメの試写会に行ったんですよ。で、めちゃめちゃ感動して。この感動を、トンカツを食うことでさらに盛り上げたいと思ってトンカツ屋に行ったんです。

住野 トンカツですか?(笑)

菅波 トンカツの効果、すごいですよ。食ってたら「ヤベえ、歌詞出てきた!」ってなって、「ご主人、メモメモ!!」って。

一同 (笑)

菅波 ご主人に借りた紙にいっぱいメモを書いたんです。トンカツ屋の裏に公園がちょうどあったから、ベンチに座って1回冷静にメモを見返して、『君を隠してあげよう』の原形になる歌詞をまとめて。バンドの曲として発表することもできたんだけど、住野さんの作品に触れたことがきっかけで出てきたものだから、これを今回のコラボに合体させるにはどうすればいいのかなって考え始めたんですね。で、小説を読んでずっと気になっていた、主人公たち以外の登場人物がいたんですよ。そのコの「その後」の人生に、この歌詞がぴったりだな、と。本編には描かれていない、「スピンオフ」の曲として発表しちゃおうと思ったんです。

住野 菅波さんから曲と一緒にそのお話も伺って、小説には描かれていない部分にも、ちゃんと物語はあるんだよなと改めて実感しましたね。

菅波 THE BACK HORNに『キズナソング』という曲があるんですけど、『君を隠してあげよう』は、今の俺たちが「絆」を表現するとしたらどんなものになるだろうというチャレンジでもあったんです。もうちょっと言うと、この曲の根底にある「なんで俺はここにいるんだろう?」みたいな葛藤は、俺が住野さんの作品全部を通して読んでいて感じることなんですよね。自分たちがTHE BACK HORNで表現していることと、住野さんが小説で書いていることの間の、共通したテーマが出ている曲になったんじゃないかなと思っています。

住野 嬉しいです。『キズナソング』は、実は『この気持ちもいつか忘れる』を書く上でもかなり影響を受けています。その曲の延長線上に『君を隠してあげよう』があると知って、今めちゃくちゃ興奮しています(笑)。

松田 スピンオフってことで言うと、チカの視点から見たチカの曲を、今度もし別の機会で何かやれたらいいなと思いますね。

山田 それ、面白そう!

住野 僕も今日この現場に歩いて来ながら、チカのことをずっと考えていて、また彼女のことを書きたいと思っていました。目と爪しか相手に見えていないのって、めっちゃ怖いだろうなと思うんです。些細な動きを、相手に勘違いされる。別に悲しんでいないのに、悲しみと思われたりするかもしれない。その感情は、いつか小説で書けたらいいなと思いました。

菅波 最初から意図していたわけではないんですけど、一曲ごとに、音楽と小説のコラボレーションの仕方が微妙に違うんですよ。そこは今回の企画ならではの面白さかな、と思いますね。

――『突風』は作詞が松田さん、作曲が菅波さんと岡峰さんのダブルクレジットです。

松田 一番最後にできた曲ですね。

菅波 この曲は、『この気持ちもいつか忘れる』の世界観の中で、THE BACK HORNらしいロックを1曲思いっきりやろう、という方向性で作っていきました。

岡峰 2018年の20周年ツアー中に、空いた時間で、『輪郭』をマツと山田が詰めていたんです。栄純は『ハナレバナレ』を作っていたので、俺も何もしねえわけにもいかねえなと思って……。

一同 (笑)

岡峰 1曲を作り上げるというよりは断片を出して、栄純にどんどん投げていったんです。その中のひとつが「あれ? 今作の中のロックな1曲に当てはまるかもしれない」となって、栄純と一緒に断片を整理して形にしました。その後でマツが、「歌詞書くよ」と。

松田 『突風』の原形の曲がすごくロックで、THE BACK HORNが今まで作ってきた曲調の十八番だったので、歌詞は小説の世界になるべく寄せたいなと思ったんですよね。カヤのちょっとひねくれてる、斜めに物事を見てしまう感覚と、彼がチカと出会ったことで生じたいろいろな感情をここで爆発させたいなと思ったんです。

菅波 結構尖った、攻撃的な歌詞だもんね。

松田 小説の中に「突風」というワードがポイントポイントで出てきて面白いなと思ったので、そこを指針にしました。突風って、いろんな意味に捉えられるんですよ。自分の心を動かした、人生で初めて出会ったときめきとしても捉えられるし、ものすごく大切なものが過ぎ去ってしまったというふうにも捉えられる。

住野 『突風』を初めて聴いた時、ライブでこの曲を聴いている自分の姿がパッと浮かんだんです。バラードパートが終わった後、山田さんが「まだまだいけるか!?」と言った次にやる曲感があるな、と。皆さんがおっしゃった通り、『突風』も含めこの4曲には僕が好きなTHE BACK HORNというバンドの音楽が詰まっているなと思いました。

松田 『ハナレバナレ』も『輪郭』も『君を隠してあげよう』も、住野さんと出会って刺激を受けた、新しくなったTHE BACK HORNという意味合いが大きかったと思うので。最後に作った『突風』で、THE BACK HORNがこれまで培ってきたバンド観を詰め込めたというのは、すごくいいバランスだったのかもしれないです。

小説と音楽、異世界が衝突した最新型コラボレーション、完成。

――小説が一足先に完成し、音楽の方もこのほど完成に至りました。今回のコラボレーションの成果を、改めて振り返っていただけたらと思います。まずは小説『この気持ちもいつか忘れる』について、どんな感想をお持ちですか?

住野 作品の出来と、書いている間の作者のつらさってわりと比例するのかなと思うんです。『この気持ちもいつか忘れる』は完全に、今まで書いた中で一番つらかった(笑)。そのぶん、自分でもすごく手応えのあるものができたなって感じています。冗談みたいですけど、最後の原稿を担当さんにお渡ししたら、読んだ後の感想として「この話、住野よるさんに読んでほしい」と言われたんですよ。

一同 (笑)

住野 「いや、書いとるけど!」って(笑)。ただ、今の僕が持っているすべてを詰め込んで自分に手渡せるってことなのかな、と思うと嬉しかったです。自分がTHE BACK HORNの音楽から受け取ったものを再現するだけのものにはしない、と最初から決めていました。読者さんの内側で、小説と音楽が今までにないかたちで手を取り合うことになればいいなと今、心から思っています。

菅波 俺は、住野さんの作品の中でこれが一番好きです。

住野 ありがとうございます!

菅波 相当すごい作品が世に放たれちまうぞ、と今思っていますね。恋愛小説と言うこともできるし異世界系と言うこともできる、みんなが興味を持つような“イケメン”なツラはしているんですよ。だけど、カヤの内面のモノローグはものすごいドロドロなんですよね。「心の中で思ってることって、言葉にしちゃいけないことばっかりなんだよな」って、久しぶりに思い出したというか。それをあんなに容赦なく言語化していくと、後半になっていくにつれて読んでいるうちにだんだん……「俺はもう人間は信じられない」ぐらい自分がグラッグラになる(笑)。何が言いたいかというと、カヤと俺は一緒です。

一同 えっ!?(笑)

菅波 途中まではカヤのこと、「こいつ、バカだな」と思ってたけど、「こいつ、俺だわ」ってだんだん思い始めるようになっていったんですよ。住野さんが今まで出してきた作品はそれぞれに感動の質が違うというか、気持ちをぶん回すぐらいの強い衝撃があるんですけど、今回のやつが一番ぶん回されましたね。ネタバレだからあんまり言えないですけど……なんであんなこと書けるんですか?

松田 「そうなっちゃうのか!?」ってなったよね。

山田 モヤモヤしましたね、あれは。

岡峰 衝撃だった。

住野 カヤがチカに会いにいくバス停って、僕にとってのライブハウスや本屋さんなんですよね。好きなものに会いに行くような場所が、みんなあるのかなと思っているんですが、それと同時に、音楽とか小説が常に自分の味方なわけじゃないって気づく瞬間ってあるなと思ったんですよ。

松田 ああ……自分だけのものだと思ってたのに、と。勝手に「裏切られた」と思う。

住野 そうなんです。僕も高校生の時、好きな小説は自分のためだけに書かれてると思ってたし、好きな音楽がなんで自分のためだけに鳴らされないんだろうと思っていた。そうじゃないってことのほうが本当は大事だなって、今となってはわかるんです。でも、好きな音楽が自分だけのものだったと思う気持ちも、決して否定したくない。いろんな気持ちが絡み合って、ああいう展開が出てきたのかなと思います。

山田 僕は、救われた感じがしましたね。小説の中に、ある種の諦めの感情が描かれているじゃないですか。でも、それでもいいんじゃないか、今をちゃんと積み重ねていくことができたなら、と。そのメッセージに、自分が救われましたね。

松田 住野さんの匙加減によっては、カヤの未来がとんでもない状況に陥ってしまう可能性もあったわけじゃないですか。直接住野さんに言わないけど、「こんなに打ちのめされちゃうんですか!?」と。「カヤ、どうにか救えないですかね?」って心の中でずっと思ってたんです(笑)。

山田 呑み込んでたんだ(笑)。

松田 誰しもそうだけど、17歳から大人になって今の40代になるまでの間に、自分なりの「決着」みたいなものがちょっとずつちょっとずつあったわけじゃないですか。小説の最後のシーンを読んだ時に、「この気持ちもいつか忘れる」という言葉がどういうふうに響くのかは本当に人それぞれだろうけど、揺さぶられるものが必ずあると思う。その揺さぶりに、住野さんと一緒に呼吸し合いながら生まれた僕らの5曲も関わっていけたら、今まで体験したことがないような感動が味わえると思うんです。

岡峰 うん。俺は読んでいて「あぁ、忘れてた、この感覚」とか、「あったかもしれないな、こういう気持ち」って感じることがすごく多くて。誰かに向けて放った一言が、その人の気持ちを良い方向にも持っていけるし最悪な気持ちにもさせるなという意味で、言葉の重みをもう一度考えさせられたりもしたんです。あらすじとかは知っていたけど、後半は「週刊新潮」で毎週連載を追いかけながら読めたのも楽しかった。住野さんとコラボしていることを忘れるくらい、物語への没入感がありましたね。

――できあがった作品に関しても、胸を張る思いが強いのではないでしょうか?

住野 THE BACK HORNファンの方たちと、住野よるが関わっているからとかは関係なく、早く一緒に聴けたら嬉しいです。普段あまり小説を読まない人もいるかもしれないけど、「あなたたちと同じ音楽を好きな人間が、全身全霊を懸けたものです読んでもらいたい」っていう気持ちでいっぱいです。

松田 住野さんが身を削りまくり、研ぎ澄ました感性で描かれたのが『この気持ちもいつか忘れる』。それとコラボしてできた曲が、かっこよくないはずがない、ですよね(笑)。小説を読んでから音楽を聴いてもらったり、音楽を聴いてから小説を読めば、何億倍も衝撃が来ると思うので。俺たち“5人”のできる限りの思いを、この曲と本に込められたので、あとはお願いしますというか、あとは託しますという感覚ですね。

菅波 THE BACK HORNは渾身のアルバムを去年リリースしたんです。今までで一番いいのができたなぐらいにみんな思ってるんですけど、今回の作品もそれに匹敵する曲が集まっている。自信を持って言えます、それは。

山田 住野さんの小説は、現実世界と異世界に住んでいる二人の出会いのお話ですよね。今回のコラボも、小説と音楽という、いってみれば異世界同士の化学反応でできている。最新型のコラボレーションの形というか、誰も見たことのなかった新しいものを、世に出すことができたなって嬉しさがありますね。

岡峰 パッケージした形をまだ見ていないので、早く見たいですね。本とCDが一緒にパッケージされた作品が、書店やCDショップの垣根を越えて、様々な店舗で販売されると思うと、すごい楽しみですね。

住野 今回の曲を、ライブで聴けるのも楽しみです。『ハナレバナレ』はライブでも何度か聴かせていただいたことがあるんですけど、歓声が起こると、勝手に僕まで嬉しくなります(笑)。

松田 住野さんと出会わなければ、この曲は生まれなかったですからね。ガッツポーズして当然ですよ。

菅波 ガッツポーズしたとは言ってないよ(笑)。

山田 実際にガッツポーズしなくても、心の中でしてるのがわかる(笑)。

岡峰 あっ、わかるかも。

山田 ステージから客席って意外と、顔が見えるんですよね。住野さん、ライブ中にいつもめちゃくちゃ笑顔で嬉しそうだから、すぐわかるんです。「住野さん、いた! あっ、心の中でガッツポーズしてる!!」って。

住野 お恥ずかしい限りです!

一同 (笑)

(2020年2月収録)